認知言語学のカテゴリー観と古典的カテゴリー観

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目の前に2本のペンが置いてあるとする。2本のペンはデザイン、長さ、メーカー等が異なると仮定しよう。しかし、それを見せて「この2つの物体はなんですか?」と聞けば、おそらく誰もが「ペン」であると回答するだろう。

姿形の異なるモノを見て、我々がそれを「ペン」と認識できる理由は何であろうか? また、その答えに対して我々がある時は違和感を覚え、ある時は容易に同意できる理由は何であろうか? これらの理由は、認知言語学のカテゴリー(category)によって説明することができる。

カテゴリーとは、私たち人間が、ある複数の事物や出来事から、その共有点を見出し作る認知上のグループを指す。このグルーピングのことをカテゴリー化(categorization)と呼び、人間が持つ認知能力の1つとされている。

カテゴリー研究は様々な分野で古くから行われているが、有名なものに古典的カテゴリー論がある。古典的カテゴリー論の元では、カテゴリーはその成員(member)のすべてが、共通した属性を持っていると考える。カテゴリーは客観的に分類することができ、境界は明確で固定的だ。

しかし、世の中の多くの事象は古典的カテゴリー論では説明できない。例えば、鳥を「羽があって空を飛べる生き物」という属性でカテゴリー化したら、ペンギンやカモは鳥と言えないのだろうか? そこで、鳥を「飛行能力にかかわらず羽がある生き物」としたら、今度は羽のある昆虫は鳥のカテゴリーに分類されることになる。

このような論理的行き詰まりのある古典的カテゴリー論に対し、認知言語学におけるカテゴリーは、より柔軟な分類を採用している。

まず、認知言語学ではカテゴリー内の成員に、そのカテゴリーを代表する典型例であるプロトタイプ(prototype)の存在を認めている。カテゴリーの成員はプロトタイプに近いか、遠いかといった段階性を持って定められる。プロトタイプではないが、カテゴリーの特徴を有するものは周辺的事例と呼ばれる。先ほどの鳥の例なら、スズメやカラスなどは鳥のプロトタイプであり、ペンギンやカモは周辺的事例だ。

次に、認知言語学では、カテゴリーは動的(dynamic)なものと捉えられる。我々はプロトタイプを判断基準とし、世界から得られる知識をそのカテゴリーに当てはめ、カテゴリーを動的に活用する。ある未知の生物を見た時、それを「◯◯のようだ」と表現できるのは、その生物を無意識のうちに様々なカテゴリーに当てはめ、合致したカテゴリーのプロトタイプを想起しているからだろう。

カテゴリーは動的であるがゆえ、絶えず拡張・縮小・変更が行われる。かつて携帯電話は文字通り「外出先でも通話できる電話機」だったが、スマートフォンの普及によって「電話もできる高性能端末」へと認識が変わった。「携帯電話」というカテゴリーが、テクノロジーの進化によって変化したのだ。

カテゴリーはモノの認識だけにとどまらない。我々の使用する言語知識や文法知識は、カテゴリーによって形成されている部分が大きい。これは教育英文法にイノベーションを起こせるチャンスであり、別のエントリーで深く論じていきたい。

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