スキーマと固定観念

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人間が世界の様々な事象に対し、完璧な価値中立を保つことは難しい。それは思想や信念といった意識的な原因だけでなく、概念を理解するスキーマ(schema)のメカニズムによるところがある。

人はある具体的事象に触れた時、そこから抽象的な共通性を取り出し、その認知的集合体であるスキーマを抽出する。スキーマはスロット(slot)と呼ばれるいくつかの要素で形成されており、スロットに入りうる値を変数(variable)、値が決まっていない時に暫定的に使用されるプロトタイプ的な値をデフォルト値(default value)と呼ぶ。

例えば、「スマートフォン」という事象のスキーマを考えてみよう。おそらくスロットには「OS・メーカー・色」などの様々な項目が存在する。スマートフォンのプロトタイプをiPhoneと仮定すれば、デフォルト値は「iOS・Apple・シルバー」が入るだろう。

当然ながら、ある事象に対するスキーマは個人によって微妙な違いがある。それでも我々は、同じコミュニティ内である程度共通のスキーマを共有しているから、コミュニケーションが取れるのだろう。

ここで問題となるのが、スキーマの偏りである。自らがある事象に対して強い信念を持っていると、そのスキーマに合う情報のみを無意識に取捨選択する確証バイアス(confirmation bias)が起こる。例えば、「原子力発電所」に対し「危険なもの」というスキーマを予め持っていると、原発に関するネガティブな情報のみを信じ、ポジティブな情報は「ノイズ」として除去してしまいがちだ。

確証バイアスによる判断が繰り返し起こると、そのスキーマは過度に強化され固定観念となる。固定観念化した発想がある限り、「まずは情報を価値中立的に幅広く集め、それを比較検討した上で結論を導こう」という「客観的」な意思決定は、行われない。

認知言語学とは話が逸れるが、人間がこのような非合理的とも言える情報処理をする原因として、行動経済学者のカーネマンはシステム1・システム2の存在を提唱する。人は五感を通じて日々大量の情報を取り込んでいるため、1つ1つを「合理的」に判断することはできない。

そこで、脳がある程度自動的に情報を処理できる仕組みができあがっており、感情や身体的な判断を司るのがシステム1、数学や思考などの思考を司るのがシステム2である。意思決定はシステム1がシステム2に先行するため、固定観念を持った事象に対しては、システム1的な即時的・感情的な判断になりがちだ。

最後に、スキーマは時系列的な特徴を持つことがあり、これはスクリプト(script)と呼ばれる。

例えば、飲食店に客として行く場合は「入店、着席、注文、提供、食事、会計、退席」という流れが一般的だろう。世界の事象は順序立てて行われることが多く、私たちたちの身の回りには様々なスクリプトが存在する。

スキーマは概念の理解を超え、言語現象にも多大な影響を及ぼす。この辺りは別のエントリーで論じていきたい。

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