ソシュールの記号観と認知言語学

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近代言語学の父と言われるフェルディナン・ド・ソシュール(Ferdinand de Saussure)は、言語をひとつの記号体系と考えた。

記号(sign)は、概念(シニフィエ)音(シニフィアン)の結びつきで構成されている。その結びつきは恣意的(arbitrary)であり、概念と音の関係性に必然的な理由はない。

例として「本」という日本語の語彙を考えてみよう。「本」が「ほん」と呼ばれなくてはならない論理的な理由はなく、仮にこれが「つくえ」と呼ばれ広く使われるなら、「つくえ」として定着していた可能性がある。

しかし、日本語の世界では、「本」は「情報が印字された紙の束」という概念に、[hon]という音を割り当てて使用される記号である。

したがって、日本語の話者同士で[hon]と言えば、それが「本」であると容易に理解できるのだ。

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認知言語学では、言語はシンボル体系であると捉える。シンボル体系とは「意味するもの」と「意味されるもの」が習慣によって結びつく記号であり、その体系化された膨大なリストが言語であると考える。

シンボル体系は形態素などの小さな単位からはじまり、語彙や構文などのより大きな単位をも含む。言語習得は膨大なシンボル体系を理解すること、と考えることができるかもしれない。

認知言語学がソシュールの記号観と異なるのは、言語的習慣化の動機づけ(motivation)を重視する点にある。ある語彙や構文が特定のシンボル体系で定着した理由を、言語的な要素だけでなく、認知的な要素を手がかりに探っていく。

したがって、「言語は規則の集合」と捉える生成文法とは異なる思想で言語を探求するのが、認知言語学である。言語は心的な営みである以上、シンボル体系は人間の認知能力に影響を受けていると考えるのだ。

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