シニフィエとシニフィアン

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ソシュールは言語をひとつの記号体系と捉えた上で、それはシニフィエシニフィアンによって構成されていると考えている。

シニフィエは「概念」と呼ばれる。例えば「本」という記号であれば、「情報が印字された紙の束」がシニフィエだ。これは現実世界に実際に存在するモノではなく、概念体系の中に存在する捉え方と言っても良い。

一方、シニフィアンは「音」である。「本」は「情報が印字された紙の束」というシニフィエに、[hon]というシニフィアンが付与された記号と言える。

シニフィエもシニフィアンも、カテゴリー形成の基準として作用する。我々の多くは「情報が印字された紙の束」というシニフィエを持っているから、姿・形の異なる紙の束を見た時、それを「本」であると認識することができる。

「電子書籍」は本のシニフィエに近いが、その実態は「本のような情報が含まれた電子ファイル」である。人によって、電子書籍を「本」と同ジャンルで扱うのに若干の違和感を感じるのは、このせいだろう。

シニフィアンにおいても、例えば[hon]はすべての人が毎回同じ発音で発声するわけではない。しかし、それが[hon]というカテゴリーの許容範囲内にあるかぎり、我々は[hon]として認識することができる。

このように、シニフィエとシニフィアンは固定化された概念でなく、人によって微妙に異なるものを持っている。そのため、ジョン・R・テイラーと瀬戸賢一の両氏は、会話を「定まった意味のキャッチボールではなく、お互いの言語知識を『調整する』あるいは『同調させる』行為」と考えている(Taylor&瀬戸, 2008: p32)。

例えば、我々が英語ネイティブと英会話をする際のコミュニケーションエラーについて考えてみよう。伝えた表現が誤解されて解釈されるのは、その表現に対しあなたが考えるシニフィエと、英語ネイティブが考えるシニフィエが一致しないことが原因の1つであろう。

また、我々が発音を練習しても音が伝わらないのも、相手にとってその音が許容範囲外だったからと言える。英語と日本語の音の仕組みは全く異なるため、日本人が考える「英語の発音」は、本来の英語のシニフィアンと一致しない場合が多い。

外国語を学ぶとは、その対象言語のシニフィエ・シニフィアンの膨大なリストを習得することと同義なのだ。

 

// 参考文献

Taylor, J. R., & 瀬戸賢一. (2008). 認知文法のエッセンス.

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