ラネカーの主体化

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認知言語学では、言語表現には話者の主観的な解釈が伴うと考える。これは、言語表現は世界の事象を客観的に指示すると考える、従来の言語学とは異なるパラダイムである。

言語表現に主観性が介在するメカニズムについて説明したのが、ラネカーの主体化(subjectification)だ。

ラネカーは、言語表現は主体の解釈が顕在することで、客観的意味が失われ徐々に希薄化(attenuation)していくと考える。この過程が主体化であり、最終的には主体の認知プロセスのみが意味と対応すると言う。

次の図は、ラネカーの主体化を表したものである。

subjectification

(出典: Langacker, 1999: 298)

  • Maximal scope: 全体スコープ。言語表現の基盤となる概念領域
  • Immediate scope: 直接スコープ。概念領域内で焦点が当てられる範囲
  • tr: トラジェクター、第一の焦点
  • lm: ランドマーク、第二の焦点
  • trとlmを結ぶ太線: プロファイル
  • T: Time, 時間
  • C: Conceptualizer, 言語主体(話し手・書き手)

まずは一番左の図を見てみよう。太い実線によってトラジェクターとランドマークがつながっているのは、この2つが客体的関係にあることを示している。言語主体の主観が最小限になっている状態だ。

ここに希薄化が起こると、真ん中の図の状態となる。トラジェクターとランドマークの客体的関係が薄くなるため、言語主体の主観的解釈が入る余地が生まれる。

希薄化が進むと、最終的には一番右の図のような状態になる。トラジェクターとランドマークの客体的関係が失われ、言語主体の主体的解釈のみで関係性が維持される。

ラネカーはこれら主体化が実際に起こる例として、前置詞acrossを挙げた。次の5つの文章を見てみよう。

  1. The child hurried across the street.
  2. The child is safely across the street.
  3. You need to send a letter? There’s a mailbox across the street.
  4. A number of shops are conveniently located across the street.
  5. Last night, there was a fire across the street.

(出典: Langacker, 1999)

文章1で使われるacrossは、トラジェクターの移動が伴う。acrossの持つ始点から終点までの経路の移動が、そのまま使われている例だ。

文章2-5は、すべてacrossの終点のみに焦点が置かれている。それでも、文章2はトラジェクターの移動の結果が示されるのに対し、文章3以降は物理的移動すら含意されない。文章5においては、acrossは言語主体の位置と火災が起きた場所の関係性を示しているに過ぎない。

ここに、acrossにおける主体化が見て取れる。客体的意味内容が徐々に希薄化する結果、文章5のように、最終的には言語主体の認知プロセスのみが表現に反映されている。

acrossの意味の希薄化は、次の図で表現することができる。

across

(出典: Langacker, 1999: 300)

acrossでは、特に参照点(reference point)の主体化が起きる。先ほどの文章1では、トラジェクターがはじめにいた地点が参照点だったのに対し、文章5は言語主体が自ら選んだ場所を参照点している。

ラネカーの主体化は、他にもbe going toや法助動詞から見ることもできる。これらのメカニズムを解き明かすことは、外国語指導に役立てることもできるだろう。

 

// 参考文献

Langacker, R. W. (1999). Grammar and conceptualization (Vol. 14). Walter de Gruyter.

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